◆こういう才能のある人はゲイ、クスリと縁があるね



ファストラブ ケアレスウィスパー アメイジング 
ファーザーフィギュア トゥーファンキー。
最高です。

新譜、出ないかな。略歴 [編集]
ギリシャ系キプロス人のジャック・パナイオトゥーと、フランス系の母とユダヤ人の父との間に産まれたレズリー・アンゴールド・ハリソンとの間の子として、1963年ロンドン郊外のフィンチレー、チャーチ・レーン73番地に産まれる。子供の頃から内気で、自分の中で「ジョージ・マイケル」という架空のヒーローを想像し続け、後に自分がデビューしてから、もう一人の架空の自分であるとして、「ジョージ・マイケル」を名乗るようになる。
1975年、ブッシー・ミーズ・スクールに入学し、アンドリュー・リッジリーと出会う。
1979年、エグゼクティブ結成(メンバーは、ジョージ・マイケル、アンドリュー・リッジリーの他、アンドリューの兄のポール・リッジリー、デヴィッド・オースティン、アンドリュー・リーヴァーの5人)。複数のレコード会社に持ち込むが相手にされず、後に解散する。
1981年、アンドリュー・リッジリーと「ワム!」を結成、『Wham! Rap』 にてデビューし、数々のヒットを飛ばしたが、才能のあるジョージはソロでやっていくことを強く希望するようになり、解散決定。

George Michael on Stage1986年6月28日、ウェンブリー・アリーナにてワム!解散コンサート。以後、ソロ活動を開始する。
1987年、1stアルバム 『Faith』 発売。記録続きの大ヒットとなる。この時に作った数々の記録として、
Faithツアー(1988年)が、アメリカでのその年のヒット商品に選出。
“一番セクシーなお尻”(男性部門・1988年)に選出。
Billboard アルバム部門年間チャート1位(1988年)。
シングル部門年間チャート1位(『Faith』 1988年)。
白人アーティストとして初のブラックアルバムレギュラーチャート1位(1988年)。
1988年、2月19日の東京・日本武道館公演からFaithワールド・ツアーがスタート。
1990年、2ndアルバム『Listen Without Prejudice Volume.1』発売。しかし、前作ほどのヒットにはならず。ジョージ・マイケル個人としてはアルバムの出来に満足していたが、レーベル会社のソニーは商業的に前作を下回った為に酷評をする。これに怒ったジョージ・マイケルは、「ソニーはアーティストをアーティストとして扱わない。こんな会社ではクリエイティヴな仕事は出来ない」と、ソニーを相手に契約無効を訴える裁判を起こす。本来2枚組になる予定だった『Listen Without Prejudice』は、2枚目の制作が間に合わず、先行して1枚をvol.1として発売。『Crazyman Dance』、『Happy』など収録予定だったアルバム『Listen Without Prejudice Volume.2』を出す予定だったが、この泥沼化した裁判により、発売が無くなってしまう。後に『Happy』は、エイズ・チャリティ・アルバム『Red Hot + Dance』に収録して発表。『Crazyman Dance』は、上記『Red Hot+Dance』に提供した新曲『Too Funky』のシングルのC/Wとして発表した。また、このアルバム発売後、ワールドツアー「COVER TO COVER TOUR」を日本より行う。タイトルの示すとおり、ツアーの選曲内容は、半分以上が他のアーティストが歌ったカバー曲で選曲されており、オリジナル曲もワム!時代の曲を織り交ぜたりと、ソロデビュー後の曲は殆ど歌われなかった。カバーの選曲がツアーで廻ったアメリカやヨーロッパでは有名な曲ばかりだったため好評を得たが、日本ではそれらの曲を殆ど知らない客が多かった為、ファンは戸惑い、評論家からは酷評だった。このツアー以降、本人は「ツアーは行わない」と発言し、長年ツアーを行っていなかったが、2006年9月よりヨーロッパツアーを開始
私生活では、1998年に公衆わいせつの現行犯で逮捕された。"OUTSIDE"のプロモーションビデオでは、この事件のことを自らパロディにしている。のちにテレビ番組でゲイであることをカミングアウト。
2006年2月26日未明、ロンドンの中心部に停まっている車の運転席で、もうろうとしているところを通行人に警察に通報され、車内からクラスC(大麻など)の薬物が見つかり、運転が不適であるとの理由から逮捕された。

作品 [編集]
アルバム
Faith(1987年、1stアルバム) 英1位・米1位
Listen Without Prejudice Volume 1(1990年、2ndアルバム) 英1位・米2位
Older(1996年、3rdアルバム) 英1位・米6位
Ladies And Gentlemen (The Best Of George Michael)(1998年、ベストアルバム) 英1位・米24位
Songs From The Last Century (1999年、カバーアルバム)
Patience(2004年、4thアルバム) 英1位・米12位
Twenty Five(2006年、ベストアルバム)
シングル
Careless Whisper(1984年) 英1位・米1位
A Different Corner(1986年) 英1位・米7位
I Knew You Were Waiting (For Me)(1987年、with アレサ・フランクリン) 英1位・米1位
I Want Your Sex(1987年) 英3位・米2位
Faith(1987年) 英2位・米1位
Father Figure(1988年) 英11位・米1位
One More Try(1988年) 英8位・米1位
Monkey(1988年) 英13位・米1位
Kissing A Fool(1988年) 英18位・米5位
Praying For Time(1990年) 英6位・米1位
Waiting For That Day(1990年) 英23位・米27位
Mother's Pride(1990年) 米46位
Freedom! '90(1990年) 英28位・米8位
Heal The Pain(1991年) 英31位
Cowboys And Angels(1991年) 英45位
Don't Let The Sun Go Down On Me(1991年、with エルトン・ジョン) 英1位・米1位
Too Funky(1992年) 英4位・米10位
Somebody To Love(1993年、with クイーン) 英1位・米30位
Killer(1993年) 米69位
Jesus To A Child(1996年) 英1位・米7位
Fastlove(1996年) 英1位・米8位
Spinning the Wheel(1996年) 英2位
Older(1997年) 英3位
Star People '97(1997年) 英2位
You Have Been Loved(1997年) 英2位
Outside(1998年) 英2位
As(1999年、with メアリー・J・ブライジ) 英4位
If I Told You That(1999年、with ホイットニー・ヒューストン) 英9位
Freeek!(2002年) 英7位
Shoot The Dog(2002年) 英12位
Amazing(2004年) 英4位
Flawless (Go to the City)(2004年) 英8位
Round Here(2004年) 英32位
John and Elvis Are Dead(2005年)
An Easier Affair(2005年)
This is Not Real Love(2006年)

日本公演 [編集]
1988年 Faith Tour
2月19日、20日、21日 - 日本武道館
24日 - 愛知県体育館
29日 - 大阪城ホール
1991年 Cover To Cover Tour
3月6日、7日、9日、10日 - 東京ドーム
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB

【8月16日 AFP】英イングランド南東部レディング(Reading)近郊の高速道路で14日早朝、英有名歌手ジョージ・マイケル(George Michael)さん(46)が車を運転中にトラックに追突し逮捕された。

 英国放送協会(BBC)によると、警察当局はマイケルさんが飲酒下または薬物影響下での運転だった可能性もあるとして取り調べを行ったが、起訴はせず5時間後に釈放した。

 マイケルさんは15日、同件についてのコメントを発表し、「悪いことは何もしていない」と主張している。「両者とも事故当時は完全なしらふだったので起訴はされていない。どちらも互いに相手に非があると考えており、この件は単に保険をめぐる争いだ。ファンや家族は(以前の事件と同じようなことが)またくり返されているのを(新聞などで)読んでも、心配しないでほしい」

 マイケルさんは2006年に薬物影響下で運転した罪を認め、2年間、車の運転が禁止されていた。08年には麻薬所持で厳重注意を受けた。

 トラックを運転していたローリー・ロー(Laurie Row)さんは15日、英デーリー・メール(Daily Mail)紙に「マイケルさんは完全に混乱している様子で、何が起きているか分かっていないようだった。ぼんやりしていて、私のトラックの運転席に上ろうとさえした」と話した。

 一方、マイケルさんの広報担当者は英大衆紙サン(Sun)に、この報道を「でたらめ」だとして否定している。(c)AFP
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/125836498

この記事へのトラックバック